大阪大学大学院理学研究科の島津舜治特任研究員、近藤侑貴教授、古谷朋之准教授らの研究グループは、東京大学大学院理学系研究科の米倉崇晃助教、伊藤恭子准教授、神戸大学大学院理学研究科の深城英弘教授、石崎公庸教授、名古屋大学大学院生命農学研究科の榊原均教授、理化学研究所環境資源科学研究センターの小嶋美紀子技師、帝京大学総合理工学科の朝比奈雅志教授、秋田県立大学の福田裕穂学長との共同研究により、植物が根を太くし始める前に幹細胞を覚醒させることとその仕組みを新たに明らかにしました。

樹木を中心とした多くの植物は、最初に縦方向に根や茎を伸ばし、続いてそれらを横方向に肥大成長させることで、安定した体の構造を作り上げます。これまで、肥大成長は原動力となる幹細胞が分裂を繰り返すことで進むことが知られていました。しかし、どのように肥大成長が開始されるのかは、詳しくわかっていませんでした。

今回、研究グループは、植物ホルモンの一種であるサイトカイニン※1の応答が一時的に強く起きることが、“幹細胞を覚醒させ、肥大成長を開始させるスイッチ”であることを突き止めました。これにより、植物がどのようにして「太くなる力」を獲得するのか、その出発点が明らかになり、木材生産や環境適応力を高める植物の開発につながることが期待されます。

本研究成果は、英国の国際科学誌「Nature Plants」に、8月4日(月)18時(日本時間)に公開されました。

図1 本研究のイメージ図 幹細胞の覚醒が植物の肥大成長をもたらす

ポイント

  • 植物の根が太くなり始める前に、その原動力となる幹細胞が活性化されるプロセスを解明
  • 培養系の改良と発光イメージングにより、一過的なホルモン(サイトカイニン)応答が幹細胞を覚醒させ、肥大成長が開始されるきっかけとなることを発見
  • 木材生産の効率化やCO吸収力の高い植物の開発などへの応用に期待

研究の背景

多くの植物は、根や茎をまず縦へ伸ばし、続いてそれらを太くすることで安定した体を作り上げます。このとき植物の内部では、形成層幹細胞※2と呼ばれる幹細胞が活発に分裂し、自らを維持しながら、水を運ぶ管を構成する木部細胞※3と、栄養分を運ぶ管を構成する篩部(しぶ)細胞※4という2種類の細胞を生み出すことで、肥大成長の原動力となります。このうち木部は、人々にとって重要な資源である木材として蓄積されていく部分です。植物はいったん肥大成長を始めると、枯れるまでその成長を続けるという特徴があります。しかし、植物がどのようにして肥大成長を始めるのか、その出発点はわかっていませんでした。これは形成層幹細胞が植物体の内部の深い位置にあり、観察や実験によって詳しく調べることが非常に困難であったためです。

そこで研究グループは以前より、モデル植物であるシロイヌナズナの子葉の細胞を人工的に形成層幹細胞に作り変える培養系「VISUAL※5」を開発し、この難題に取り組んできました。

研究の内容

研究グループは、まずVISUALに1細胞遺伝子発現解析※6という手法を適用した先行研究のデータセットを再解析することで、形成層幹細胞が活動を開始するまでの過程を細胞レベルで高精度に調べました。その結果、VISUALで形成層幹細胞が作り出される直前の段階において、植物ホルモンであるサイトカイニンへの応答が一時的に強くなることを見いだしました(図2)。このサイトカイニンへの応答を抑制したところ、形成層幹細胞が作られなくなりました。

図2 VISUALにおけるサイトカイニン応答ダイナミクスと細胞運命遷移 VISUALを対象とした1細胞遺伝子発現解析により、形成層幹細胞が作り出される直前の段階(前形成層細胞)でサイトカイニン応答が限定的に上昇することがわかった。

 

この知見をもとに、研究グループは解析の対象をシロイヌナズナの根に移し、発光イメージング※7という手法を用いてサイトカイニン応答の様子を可視化しました。その結果、実際の根においても、肥大成長が始まる直前の領域に、同様の短時間のサイトカイニン応答のピークが現れることが確認されました(図3)。根におけるサイトカイニン応答を人工的に操作した実験から、この短時間のホルモン応答のピークこそが、形成層幹細胞の活動を開始させ、植物の肥大成長を始動させる“スイッチ”として働いていることが明らかになりました。

図3 シロイヌナズナの根におけるサイトカイニン応答ダイナミクス シロイヌナズナの根を対象にした発光イメージングにより、形成層幹細胞の覚醒スイッチとなるサイトカイニン応答ピークが発見された。この応答ピーク(赤線)は12時間ほどしか持続せず、1日ごとに場所が移動した。

さらに研究グループは、この短時間のサイトカイニン応答が、どのように形成層幹細胞の活動を開始させるのかを調べました。その結果、この応答のピークを経験する前段階では、幹細胞として活動するために必須である、木部細胞を生み出す能力と、自らを維持する能力を欠いていることがわかりました。短時間のサイトカイニン応答を経験することで、細胞は初めて、将来的な肥大成長に必要な2種類の能力を同時に獲得し、形成層幹細胞として覚醒することが示されました(図4)。

図4 サイトカイニンの効果と本研究の概略図 木部細胞と篩部細胞が両方誘導される通常のVISUALと異なり、サイトカイニン無添加のVISUALでは篩部細胞のみ生み出された。短時間のサイトカイニン応答は木部細胞を生み出す能力と維持する能力を付加し、幹細胞を覚醒させるスイッチとして働き、肥大成長を開始するための準備を整える。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

植物の肥大成長では、木材として暮らしに欠かせない資源となる木部組織や、有用な化学成分を蓄える柔組織が生み出されます。本研究成果は、こうした肥大成長が始まるきっかけとなる仕組みを明らかにしたものであり、木材生産の効率化や有用物質を蓄える植物の開発、さらにはCO吸収量の多い植物の育種など、さまざまな応用が期待されます。

用語説明

※1 サイトカイニン

植物ホルモンの一種で、細胞分裂を促進する働きがある。他にも、植物の発芽や枝分かれ、葉の老化の抑制など、成長に関わるさまざまな場面で重要な役割を果たしている。

※2 形成層幹細胞

植物の茎や根において、維管束を構成する木部組織と篩部組織の細胞を新たに生み出す幹細胞。木部と篩部の間に存在し、形成層と呼ばれる分裂組織を構成する。

※3 木部細胞

木部組織を構成する細胞。根で吸収された水とミネラルを地上部の葉や芽などに送る道管細胞や植物体の支持を担う木部繊維、養分の貯蔵などを担う木部柔細胞などから構成される。

※4 篩部(しぶ)細胞

篩部組織を構成する主な細胞。光合成産物などの有機養分を運ぶ篩管細胞や、それを助ける篩部伴細胞、さらに栄養分の貯蔵や代謝に関わる篩部柔細胞などから構成される。

※5 VISUAL

Vascular cell Induction culture System Using Arabidopsis Leavesの略。研究グループによって2016年に開発された。シロイヌナズナの葉を、複数の植物ホルモンと化合物が添加された培地で培養することで、葉の細胞から維管束の細胞を人工的に生み出すことができる。維管束細胞の発生過程を人工的に再現?解析するために用いられる。

※6 1細胞遺伝子発現解析

個々の細胞ごとに遺伝子発現の状態を測定する手法。複数の細胞のデータを比較することで、細胞ごとの多様性や変化を高精度にとらえることができる。

※7 発光イメージング

遺伝子発現やホルモン応答など、生体内の変化を光として可視化する手法。一般的な蛍光イメージングに比べて時間分解能や定量性に優れ、長時間にわたる観察が可能である。

謝辞

本研究は、JST創発的研究支援事業「内的?外的要因による植物幹細胞運命制御網の解明」(課題番号:JPMJFR224Q)、日本学術振興会 新学術領域研究「植物多能性幹細胞」、新学術領域研究「植物の周期と変調」の一環として行われ、JSPS科研費(課題番号:21J20775, 23K14205, 20K15813, 23K05811, 19H03247, 23K05806, 23H00324, 21H02500, 17H05008, 20K15815, 22H02647)、笹川科学研究助成の支援により実施されました。

論文情報

タイトル

A cytokinin response maximum induces and activates bifacial stem cells for radial growth

DOI

10.1038/s41477-025-02051-4

著者名

Shunji Shimadzu, Takaaki Yonekura, Tomoyuki Furuya, Mikiko Kojima, Kimitsune Ishizaki, Masashi Asahina, Kyoko Ohashi-Ito, Hitoshi Sakakibara, Hidehiro Fukaki, Hiroo Fukuda and Yuki Kondo

掲載誌

Nature Plants

研究者

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